
雨の音が窓を叩く音が、私の心臓の鼓動と重なっていた。
オフィスの蛍光灯が放つ白い光の下、私は机に向かってパソコンのキーボードを叩いていた。時計は既に午後9時を回っている。今日も残業だ。デスクの上のコーヒーカップからは、もう冷めてしまった珈琲の香りが僅かに漂っていた。
「佐藤さん、まだ帰らないの?」
突然かけられた声に、私は慌てて顔を上げた。そこには、システム開発部の山田耕介が立っていた。彼の手には、書類の入った封筒が握られている。
「あ、はい。今日中に終わらせないといけない資料があって…」
私、佐藤美咲は、この大手IT企業の営業部で働き始めて3年目になる。毎日が忙しく、恋愛なんて考える余裕もない日々を送っていた。そんな中で、山田さんとの接点は、部署間の打ち合わせくらいだった。
「僕も実は、今から徹夜になりそうなんです」
彼は苦笑いを浮かべながら、私の隣の席に腰を下ろした。普段は別フロアで仕事をしている彼と、こんな風に二人きりで話すのは初めてだった。
「良かったら、新しいコーヒー淹れましょうか?」
私の提案に、彼は嬉しそうに頷いた。休憩室まで歩く間、私たちは自然と仕事の話から、趣味の話へと会話を広げていった。彼が休日にジャズライブに行くのが好きだということも、意外な一面として知ることができた。
その夜を境に、私たちは少しずつ距離を縮めていった。休憩時間に一緒にコーヒーを飲んだり、たまには昼食を共にしたり。そんな何気ない日常の積み重ねが、私たちの関係を変えていった。
ある金曜日の夜、いつものように残業を終えて会社を出ると、突然の雨に見舞われた。傘を持っていなかった私は、ビルのエントランスで足止めを食らっていた。
「佐藤さん!」
振り返ると、山田さんが大きな傘を差して立っていた。
「良かったら、駅まで一緒に行きませんか?」
その言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。傘を共有しながら歩く道のり。私たちの肩が時々触れ合う度に、言い知れない緊張と幸せが混ざり合った感情が胸の中を駆け巡った。
駅に着く直前、彼は突然立ち止まった。
「佐藤さん、明日の夜、時間ありますか?」
「え?はい、あります」
「実は、お気に入りのジャズバーで素敵なライブがあるんです。もしよければ、一緒に…」
言葉の最後を濁しながらも、彼の目は真っ直ぐに私を見つめていた。その瞬間、雨は上がり、街灯に照らされた水たまりが、まるで星空のように輝いていた。
「はい、喜んで」
私の返事に、彼は満面の笑みを浮かべた。
それから1年が経った今、私たちは社内でも評判のカップルになっている。別々の部署で働きながらも、互いの仕事を理解し、支え合える関係を築いてきた。
時には仕事の締め切りに追われ、ストレスで険悪になることもある。でも、そんな時こそ、あの雨の夜のことを思い出す。人生には、思いがけない出会いが隠れている。そして、その出会いは、きっと雨上がりの街灯のように、私たちの人生を優しく照らしてくれるのだ。